|
|
やっぱり「ダイエー・ロッテ合併騒動」の黒幕は堤だったのか…
以下、全文コピペ致します。
西武事件の深層:
ライオンズ栄光と挫折
西武ライオンズのオーナーに君臨したコクドの堤義明前会長(70)は「常勝」と「観客動員」を同時に手に入れようとした。人気選手の獲得を妨害されると「報復」し、勝っても客を集められない監督は切り捨てた。しかし客足は衰え、「1リーグ制」移行の最後の賭けにも失敗した。
「ダイエーはいずれ球団を売却せざるを得ない。合併を検討されたらどうでしょう」。昨年6月末。堤前会長が人目を避け、千葉ロッテの重光武雄オーナー(82)に買収を持ちかけた。
同じパ・リーグの近鉄とオリックスの合併話が表面化した直後のことだ。もう1球団減らし、10チームの1リーグを一気に実現させる−−。これが狙いだった。
堤前会長は7月7日のオーナー会議に26年ぶりに出席した。「もう一つの合併が進行中」と発言し、球界を揺るがせた。だが、流れを作ろうとした目算はダイエーの予想以上の反発で狂う。堤前会長はその3カ月後、オーナーを辞任する。
■ ■
「人を集めるのが私の仕事だ」。それには人気選手が必要だった。
78年。西武はクラウンライターを買収し、埼玉県所沢市を本拠地とする。前年のドラフトで江川卓投手(法政大)はクラウンに指名されたが、巨人を志望して入団を拒んだ。指名権も引き継いだ堤前会長は側近に「何としても江川を取れ」と指示したという。
江川投手は後見人の政治家の紹介で三菱商事系の米国駐在員、上田豊巳さん(64)方に身を寄せていた。堤前会長と三菱グループは月に1度「連絡会議」を開く仲で、西武系のバスやタクシーはすべて三菱自動車製。それでも上田さんは「江川君の意思だから」と西武の面会を断り続けた。
江川投手が巨人入りすると西武は翌年以降の車両契約を他社に替えた。その後、会社を辞めた上田さんは「数百億円規模の報復」を今も忘れない。
■ビジネスの勝敗と同じ?
西武は強豪チームとなり、クラウン時代に76万人だった観客動員は91年に198万人に伸びた。沿線の都市化も進み、同じ年に西武鉄道の乗客は球団発足時の5億5000万人から6億7000万人に増えた。
しかし93年のJリーグ発足も影響し、その年観客は162万人まで減った。監督は5年連続リーグ優勝を果たした森祇晶さん(68)。「堤さんに怒られたくないフロントは『手堅く勝ちすぎて面白くない』と現場に責任転嫁した」と告白する。
森監督は追われるように94年に辞任。以降、観客動員が全盛期まで持ち直すことはなかった。
堤前会長にとって野球はビジネスの勝敗と同じだったのかもしれない。西武球場のオーナーズボックス。まれに顔を出すと、西武の攻撃しか見なかった。関心のない守備の時はボックス裏で仕事をしていたという。
■ ■
西武は25日に春のキャンプを打ち上げ、オープン戦に入った。「球団は売却しない」。星野好男オーナー代行の言葉をうのみにする選手はほとんどいない。
毎日新聞 2005年3月1日 3時00分
http://www015.upp.so-net.ne.jp/michinoku-b-b/
|
|